初心者のための12ステップ講座:ステップ7「欠点を手放す」

※前回のステップ6についてはこちらの記事を参照してください。


ステップ4ステップ5で自分の短所をあぶり出し、ステップ6でそれらと決別する勇気が持てたなら、次は実生活のなかで短所を手放していくステップ7に進むことになる。

で、このステップ7の訳文がまた、

「私たちの短所を取り除いてくださいと、謙虚に神に求めた」

(Humbly asked Him to remove our shortcomings.)

などという、初心者にとっては絶妙に分かりにくい表現を使っているので、「どういうこっちゃ?」という感想を持つ人も多いと思うが、大丈夫。
本来、このステップでやるべきことはシンプルなものなのだ。

本能や感情はコントロールできないが、「振る舞い」は変えることが出来る

人間はふつう、変化に対しては抵抗するものだ。
変わることが絶対に必要であると思えない限り、変わろうとはしない。人間は、それがどれほど不都合なものであっても、自分がいま手にしている道具に慣れてしまうのである。

引用元:「ビッグブックのスポンサーシップ」 129ページ

性格上の欠点を手放すなどと、そんなことが可能なのか?、と疑問に思われる方もいると思う。
「三つ子の魂百まで」ということわざがあるぐらい、人の本質的な性質は変わらないものだと思われているからだ。

確かに、基本的な性格、本質自体はそうそう変わるものではない。
この12ステッププログラムでも、そこまでは求めてない。

しかし、根本から性質を変えることはできなくても、「振る舞い」じたいは変えることができるのである。

だからこそ、ステップ4で私たちは「自分の持っている基本的本能のどれが傷つけられやすいか?」ということついて書き出したのだ。

もともと不安や緊張を感じやすい人は、その感性自体を変えることは困難なように。
いじめなどのトラウマを持つ人に「恐怖を感じるな」と言っても無理なように。

傷つけられた過去、その記憶によって過剰に反応してしまう本能や感情、それ自体が「湧いてくる」こと自体は変えようがない。

「そういう感情があるなあ」と、ありのままに受け入れ、放っておくしかない。
それを12ステッププログラムでは「神に委ねる」と表現しているのだ。

だが、思い出して欲しい。私たちはステップ4の棚卸表の第4列目で、「不正直」「利己的」「身勝手」「恐れ」「配慮の欠如」という、5つの性格上の欠点について書き出した。

これらの5つは「振る舞い」なので、変えることができる。私たちが自力でコントロールできる唯一の部分なのだ。

短所を取り除きたいのなら、反対のものと置き換える

変化とはただ単に何かを取り除くことではない。それは取り除きたいものを別のものに置き換えることだ。

自然は「真空」を嫌うという。

あるものが取り除かれると、別の何かがその場所を占めるという原理である。

私たちは、自分の性格上の欠点を自分に不足している「何か」と置き換えない限り、その欠点を取り除くことはできない。

そして、その「置き換えるもの」とは、ふつう今まで持っていた欠点とは正反対のものである事が多い。

以下の表は、性格上の欠点と、その反対の要素の早見表である。
自分に欠けているものは何で、どういった要素を身につけなければいけないか、参考にして欲しい。

引用元:「ドロップ・ザ・ロック~性格上の欠点を取除く~」より

100日あれば、新しい振る舞いはその人の一部になる

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

マザー・テレサ

ビッグブックでは、ステップ6と7の原理を使って、いくつかの性質を手放すことにより、私たちは100日で自分の性格を変えることができると書かれている。

これには個人差もあると思うが、行動習慣を改善するには3ヶ月(90日)、思考習慣を改善するには6ヶ月(180日)かかるという説もあるので、きちんと取り組めば性格は充分変えることができるのだ。

ただ、この習慣化というのは「やったぶんだけ目に見えて結果が出る」という成長の仕方をしない。
コツコツ続けてもしばらくは何の変化もない期間が続く。
そして、ある日を境にグンと急に上達することが多い。

その時点まで、結果が出ないように見えても継続することができるか?
それがうまくいくかどうかの境目なのだ。

ただ祈って神頼みをしているだけでは変われない

ステップ6と7では、「神に取り除いてもらう」「神に求める」という表現がよく出てくるために、祈って神頼みをしていれば勝手に欠点が取り除かれる、という風に勘違いされることがあるのだが、それは間違いだ。

例えば、私は対人恐怖が昔からひどくて、人との交流を遮断し、集まりにも出ず、家にひきこもってしまうという欠点があった。
昔、いじめを受けたために、安全本能の部分が傷つけられ、それが性格上の欠点である「恐れ」となって、「人間関係からひきこもる」という行動として表れていたのだ。

この欠点を取り除くために、

Gakki
「神様、どうか私の対人恐怖を治してください。恐れを取り除いてください」

とただ神に祈り続けても治るわけがない。

対人恐怖を治すには、暴露療法(エクスポージャー法)森田療法の記事でも書いたとおり、自分自身が積極的に動き、場数を踏んで、地道に練習していくしかない。

しかし、その結果が出るには長い時間がかかる。しかも、必ずしも自分が望んでいたような結果が出るとは限らない。
私の例で言えば、対人恐怖を克服するということは「緊張や不安を感じなくなること」と思っていた。人と会っていても、いつもドッシリ構えていて、自然体でいられる自分……そういうのが私の理想だった。

人間関係の場数を踏み、時が経つにつれて、確かに対人恐怖症は克服できた。
が、それは「緊張や不安は感じているし、相変わらずキョドるんだけど、そういう自分を受け入れて、自分を責めなくなった」という状態で実現されることになった。

このように、当初の理想とは違ったカタチで目標が成就されるといったことは、人生でよくあることだ。

「なんでこんなに頑張っているのに結果が出ないんだ!?」「回復したら自分はこうなるはずなんだ!」という「こうあるべき」「こうあらねばならない」という期待や執着を持ってこのステップに取り組んでいると、苦しむことが多くなり、「やっぱり自分は変われない」と諦めてしまうこともあるかもしれない。

そのためのハイヤーパワーなのである。
とりあえず自分自身の期待や執着は神様に「おまかせ」して「手放す」。

自分自身は、淡々と毎日欠点を手放すための努力をしていく。
そうしているうちに、数ヶ月もこのステップ7に取り組んでいると、今までにない変化を感じている自分を発見するはずである。

サンディ・Bの「ドロップ・ザ・ロック――岩を落とす」

最後に、「ドロップ・ザ・ロック~性格上の欠点を取除く~」という本を紹介したいと思う。

この本は特にステップ6,7に焦点を当てた本で、「性格上の欠点を手放すというのはどういうことか?」ということを初心者の方にも分かりやすく紹介している良書だと思う。

特に、巻末にあるサンディ・Bのスピーチ内容が、ステップ6,7を理解する上でとても良く出来たテキストなので、少し長いが全文を引用してみたいと思う。

(※以下の文章は、1976年6月にカルフォルニアのパームデザートで行わ れたAAの集まりで、サンディ・Bが話した55分間のスピーチの最後 の3分間を文章にしたものです)

「今夜は新しい仲間もここに来てくれていると思いますが、その仲間たちに伝えたいことがあります。

あなたの身にAAの奇跡を起こすためには、やらねばならないことが あります。

それは、飲酒や薬物使用に戻らないこと、あなたの理解する 神におまかせすること、そして古い考えをすべて手放すことです。あなたにお願いしたいのは、それだけです。

私の場合ですが、AAに来て、古い考えをすべて手放すようにと言われたとき、私の古い考えとは自分の生き方、考え方のすべてを指していることに気がつきました。

人生のプラン、世界観、偏見、態度、信じて いることなどすべてです。それらをまるで70キロの岩を背負い込むか のようにして大事にしていました。

大事にした理由は、その岩は私の岩、私の持ち物だったからです。私はその岩の塊を長い時間をかけて作りあげてきたのです。

その岩は私そのもの、その岩こそが本当の私といってよかったのです。私は岩をかかえ込んだまま、アルコホリズムという海のまっただなかで漂流していました。

AAの仲間達が救命具を投げてくれ、私はその救命具につかまることがで きました。

しかし、私はその岩を手放すことはできませんでした。

AAの仲間たちが叫ぶのが聞こえました。「その岩を手放すんだ」。

それでも私は岩を手放せませんでした。救命具につかまっている私が、岩と共に沈みかけると、仲間がいっぱい乗っているボートがこちらにやってきました。

「おい。その岩を落とせ」と仲間たちが大声で叫びます。「こっちは最高だよ。こっちへこいよ」。

私が「どうやったらそっちへ行けるんだ?」と開くと、「その岩を手放すんだ。そうすればこっちに上がってこれる」と教えてくれました。

でも私は岩を手放したくなかったのです。なぜなら、岩は、私のものなのだから。

そして、ある日のこと、私はあることでひどく危ない目に合って、その隙に岩を落としてしまいました。

岩が沈んでいくのは、恐怖でし た。

ところが、その岩を見ているうちに、私はまるで水上スキーをし ているような気分になってきました。ロケットのように水面に軽々と浮かび上がり、そのままどんどん上昇していく感じです。
いったいなぜ、あの重い岩が大事だったのでしょう。

私たちがなぜ古い考えに死に物狂いでしがみつくのか、もうおわかりでしょう。
そして、手放すことが解決になることもおわかりになったことでしょう。

手放すことで助かる。これはAAのパラドックス(逆説)の一つです。

もしあなたがAAにやってきて日が浅いなら、同じことが起きるように願います。

私はこの先、みなさんにこの奇跡が起きるのを見続けていきたいと強く願っています。

それが、私にとって神をよりよく知る機会になるからです。

新しい仲間がやってきてAAプログラムに一生懸命取り組み、目を輝かせながら、さらに次の新しい仲間に「その岩を落とそうよ。岩のない人生って最高だよ」と伝えていくのを、しっかりと見守っていきたいと思っています。

ステップ8に続きます。

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