山田 風太郎 「戦中派不戦日記」にみる精神病院の歴史

今日は 「新装版 戦中派不戦日記(山田風太郎)」という本を紹介したいと思う。

『甲賀忍法帖』などで有名な作家の山田風太郎が、大学で医大生をやっていた戦時中に書いた日記を文庫本にしたものである。
新聞を見てどう感じたとか、町の人がこんなことを言ってたとか、「庶民の目から見た戦中」が見られて面白い。

特に私の目を引いたのが、戦中の「精神病」に対する記録である。

敗戦一ヶ月後の1945年のある日、医学生・山田誠也として精神病患者の病室を先輩の案内で訪ね、畳敷きの大部屋に収容されている三人の女性患者と出会う。
そのうちの一人を、山田は

「紙の赤いリボンをつけたさんばら髪の頭を、ごつんごつんと壁にぶつけながら、けらけらと笑いながら、小止みもなく喋り続ける言葉は、気をつけて見ると、錯乱の中に一脈の筋が通っているようだ」

と『戦中派不戦日記』に記している。優れた作家の資質を有する医学生の目に敗戦直後の精神病患者たちはどのように映ったのか。

「病者はいずれも悲惨である。しかし余は、少なくとも精神病者に勝る悲惨なものを見ない。

それは人間であって、人間ではない。といって、どうして動物と思われようか。それは人間の形をしている。あの悲しげな瞳、震える青白い唇――それは紛うか事なきわれわれの同胞ではないか。しかも彼らがこの悲しむべき運命に落ちたのは、他の機械や細菌やその他の化学現象や、野獣のためではない。ほとんどその加害者は人間である。人間同士の魂の相剋から、苦しんで苦しんで、苦しみ抜いた果ての始末である。

この物静かな、寂しげな女三人が、明かりのない格子の中に座ったまま、暮れゆく蒼い空を見つめつつ、毎日何を語っているのか。余は彼女らの加害者に――殺人以上のことをなしつつ、殺人者ほどの良心の呵責をおそらく感じてはいまい加害者に対して、沈痛な憤激を覚えた。

そこを出て後戻りし、他の病棟にいって見る。途中に恐ろしく凶暴な病人を入れているという扉を見たが、入らなかった」

病棟を出た山田青年は、白く澄んだ秋空を見上げつつ、いま目撃したばかりの光景を反芻して思う。

「世界は明るく動いている。誰も知らない。自分も先刻までこういう人々は知らなかったのである。そして明日からはまたそんな存在は忘れ果ててしまうであろう……。

しかし、今日は、少なくとも今日は、あの冷たい鉄格子の中に、何ら悪をなさぬのにむごたらしく閉じこめられて、寂しい光を空しい瞳で眺めている女たちの姿が忘れられそうにない」

引用がかなり長くなったが、いまから見ると非常に貴重な記録なので、もう少しだけ紹介したい。

「鎮静剤を与えるだけで、ただ放っておくのだ、狂人を理論的に正気へと教導する方法も、化学的治療剤もまだない、それでも放っておくとたいていは治るから不思議だよ、と高沢さん(先輩の医学生)はいった。

しかし、頭脳自身の力で元通りにする理論が立てられないだろうか。リボンをつけた女のお喋りに含まれる一条の糸、突飛な飛躍のごとく見えて、それは或る大脳作用の順を踏んでいる。ああいう体験は、余らといえども決して無いどころか、しばしば思考中に現れる現象である。フロイトが頭を掠める。精厳に一歩一歩組み立ててゆけば、そういう治療法が生み出せそうな気がする。

………そんなことを考えながら歩いた」

その「リボンをつけた女のお喋り」とは、次のようなものだ。

「男の方って意気地がないわね。私これから中飛行場と北飛行場を取りにゆくのよ。甲冑に身を固めてね、あらま、恥ずかしい」

「十五頁本を読んだのよ今日……十五夜はいつだったか知ら?お月さま綺麗だわねえ、今月ね」

「ウインターよ、雪が降ってね、花子このリボン、あらあ紙だわ、高沢さん似顔絵書いてあげましょうか、おやこの先生も知ってるよ」

この精神病院のくだりは、「戦中派不戦日記」のごく一部のシーンではあるけども、感じ入るところがあったので紹介させてもらった。

今から約70年前、抗うつ剤も抗精神病薬も発明されていない時代では、精神病を発病してもほとんど有効な手立てがなかった。せいぜい初期段階の催眠鎮静剤しかなかったのである。
「私宅監置」、つまり自宅の座敷や土間、或いは敷地の隅に、精神病の家族を幽閉する為の設備を設け、家族によって座敷牢に患者を閉じ込められている患者もたくさんいた。
座敷牢は非衛生的で劣悪な環境であることが多く、患者は非人間的な扱いを受けながら放置されていた。

引用元:『南山堂 「精神医学入門」より

そうした状況の中で、精神病者は何十年も幽閉されたまま、悩み、苦しみ、孤独に死んでいったという。
現代以上に精神疾患に対する偏見が強かった時代だ。回復するための社会資源(デイケアや自助グループなど)もなく、家族や周囲の理解も得られない。虐待されて死んでいった者も多くいるはずだ。

現代は、まだまだ不完全であるが向精神薬も発明され、鬱病や統合失調症、その他の精神病もある程度治るようになっている。
精神病院の環境も大幅に改善されてきているし、精神病に対する世間の理解も、未だ激しい偏見が残っているものの少しはマシになっている。
そう思えば、まだこの時代に生まれてよかったというべきか。

しかし山田青年が書いてるように、精神病は「人間同士の魂の相剋から、苦しんで苦しんで、苦しみ抜いた果ての始末である。」というのは今も昔も全然変わりない。
戦争していようが、平和だろうが、どの時代だろうが、「人間関係」でメンタルをやられる人は必ずいるのである。

皮肉な話だ。

ブログランキングに参加してます。よろしければ応援クリックお願いします
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です