なぜ強迫的に頑張ってしまうのか?

夏バテのせいなのかどうなのか知らないが、ここ数日死ぬほど具合が悪くなり寝込んでいた。
連日続く猛暑で自律神経が狂っているのに、バイクの教習に通い詰めたり、転職活動のため面接の段取りをしたり、仕事は夏が忙しいこともあり……休日も常に動いていて、心の休まる時がなかった。

不眠、動悸、うつ症状……気がついたら体が悲鳴をあげていた。

しかし、「休まる時がない」と言いつつ、用事をテキパキこなしていく自分に対して心の中では高揚感を感じていたのも事実だし、忙しく動きまわって当初の予定通りに事が運ぶと達成感も感じていた。

今日はなぜ具合が悪くなるまで動き回ってしまうのか考えていきたい。

1.忙しくしてないと不安

「もっとゆったり生きたい」「見せかけだけの成功より、心の平安を目指していきたい」などと言いつつ、元々はワーカホリック(仕事依存)の傾向があるので、いつも気をつけてセルフモニタリングしてないとすぐに元の「生きグセ」が出てくる。

幼い頃から、親や周囲と関係の中で、「自分は、ありのままの自分のままで価値がある」という基本的な自尊心を育めなかったので、「何かしてないと不安」だし「何か結果を出してないと不安」なのだ。

2.心の奥底には病的な承認欲求がある

私という人間は、いつも「人からバカにされること」を極度に恐れて生きてきたような気がする。

実際問題、これは昔受けたいじめがトラウマになっているのだが、自分に根本的な自信がないので、それに反比例してどんどんプライドだけが高くなる。

私が思うに、「自信の無さ」と「プライドの高さ」はイコール、完全にイコールだと思う。
本当はプライドなどないほうが楽だし、自分の弱さや醜さを認めて、もっと人に頼ることができたら依存症になることもなかっただろうが、ただただ若い頃の私にはそれが出来なかった…というよりわからなかった。

あの時は、「俺は問題ない」という鎧で武装し、世間と渡り合っていく方法しか知らなかったのだ(まあ、幼少期に人を攻撃してくる病んだ人間が周囲に多かった、という単純な不運も重なったのも大きいが)。

自信がないのにプライドだけが高いとどうなるか?、というと、人から認められることを病的に求めるようになる。頭のなかは常に「自分のことだけ」で、人と話す時でも自分の話ばかりしたがる。ちょっとした他人の言動や挙動でものすごく傷つく。その恐れが原動力となって、ますますプライドという壁が強固になっていく……という悪循環。

NA(ナルコティクス・アノニマス)の書籍には「認められようとすればするほどアディクションの深みにはまっていった」とあるが、まったくその通りだと思う。

http://exodus21.xyz/2017/01/06/post-282/

3.「自分自身と仲良くなる」ことの重要性

幸福に、平安に生きたいのなら、自分自身と仲良くなるのはとても重要な事だ。
自分が今何を感じているのか、何が好きで何が嫌いなのか。やりたい事は何で、やりたくない事は何なのか?

特に依存症者やアダルトチルドレンは、自分自身の痛みや感情が分からなくなっている傾向がある。自分が無理に無理を重ねていることも分かっておらず、気づいた時は心身ともにボロボロになっていることも多い。

そして「自分自身と仲良くなる」というのは、これまた「プライド」や「承認欲求」と相性が悪い。

自分自身の体の声を聞き、心の声を聞き、流れに身を任せようとするなら、どうしても「他人の目」や「他人の期待」に反した行動もせざるを得なくなる。

現代の、高度に情報化された社会では、私たちは常に何らかの情報……言い換えれば「こうあるべき」というメッセージに晒されている。携帯電話などの連絡ツールも発達して、いつも人と繋がっているので、「他人の目に映る自分」「他人に期待されている自分」の姿はよく分かっても、「本当の自分は何を欲しているか、望んでいるか」ということが分からなくなっている事も多い。

もっと言えば、12ステップ系のミーティングなどでは「お腹が空いている時、怒っている時、寂しい時、疲れている時はストップしよう」というH.A.L.Tというスローガンがあるが、こういった基本的、肉体的な欲求を満たしてあげるだけでも、私たちの人生の充実度はかなり違うものになるはずである。

そして、悲しい事に、忙しすぎる現代社会では自分自身に対してこれらの基本的な欲求を満たしてあげる事すら難しいのだ。

4.一日五分だけでも「自分と向き合う」時間を持つことのススメ

だから、この時代において、マインドフルネス瞑想や祈りなど、一日の中で静かな時間を意図的にとり、自分と向き合うのは重要なことだと思えるのだ。

元々、神経が繊細だったり感じやすかったりする人はなおさらである。

個人的に、今の時代は、かなり感受性が鈍感でないと生きにくいようにできていると感じる。
あらゆる変化のスピードが速く、処理しなければならない情報も膨大、「しなければならない事」が多すぎるのだ。

すごく忙しくて、なおかつその手を緩めることができないのなら、「他人の期待に応えること」や、「他人に認められること」を強迫的に求め過ぎていないか、「何もしてない自分」では人から見捨てられると恐れていないか、チェックしてみるだけでも違うと思う。

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