人間関係が世界の全てか?

最近、不定期に襲ってくる鬱の周期に入っていて、ほとほと参っていました。

人と会うと、ちょっとした言動や行動で過剰に反応してしまったり、感情が揺さぶられるので、できるだけ人とも会わないようにしました。

かといって、私は根が「ひきこもり」なものですから、放っておけばいつまでも家から出ない生活を送ってしまいます。

部屋にひきこもってしまうと余計に鬱が悪化しますので、休日などは必ず一度は近所の山の中を散歩したり、ジョギングしたりして、外の空気に触れるように心掛けていました。



お気に入りの山道コース。
歩き疲れたら、休憩ポイントの岩の上で瞑想したり、一人ラジオ体操したりしている( ̄∇ ̄;)。

精神の病を経験したからこそ自然の美しさに気付く

この病気になって辛いことはたくさんありましたが、感謝できる事はいくつかあります。
その中に「自然の美しさに気付けた」という事があります。

そもそも、私は、子供の頃から自然なんて全然見向きもしない人間でした。

花や植物に全く関心がなかったし、花見やピクニックも何が楽しいのかさっぱり分かりませんでした。

私の関心事といえば、もっぱら人間関係であり、「いかに空気を読んで人から嫌われないようにするか?」とか、「不安や緊張、鬱といった感情にどう対処するか?」ということにエネルギーの大部分を費やしてました。

趣味もあるにはありましたが、絵を描いたり、本を読んだり、漫画やゲームが好きだったりと、要するに「自分の世界・思考」ばかりに目がいくような趣味が多かったですね。
(もちろん、これらの趣味は今でもとても好きですし、大事にもしてますが)

人との関係の中で、悩んで悩んで悩み過ぎたあげく、社交不安障害(SAD)になり、うつ病になり、処方薬(ベンゾジアゼピン)依存症になったわけですけど、薬を大量に飲むことで、さらに「自然界」は自分から縁遠いものになっていきました。

「そんなに緊張するなよ」と言われると余計に緊張する件について

2018.03.14

もはや外が暑いか寒いかすら分からない。
人の目が怖い、社会が怖い。ひたすら部屋の中にひきこもり、見つめるのはただただ「自分」だけ。
こうなると本当に人間は狂ってきます。

なんとかひきこもりから脱し、断薬もして回復に繋がったわけですが、その時、生まれて初めて花や草木が「美しい」と感じました。
風が頬を撫でる感覚、小川のせせらぎ、青い空……。
30歳を越えて、初めてこれらに感動している自分がいました。

人生のほとんどを精神的にひきこもって過ごしてきたからこそ、回復してきたら余計に自然が美しく見えたのかもしれません。

人間関係が世界の全てか?

自然と人との関わりについて、解剖学者で東京大学名誉教授の養老孟司さんが興味深いことを言っていましたので、ここで引用してみます。

ずいぶん前にいじめが話題になったとき、ある人が中学生のときにいじめられた経験を本にしたことがあるんです。
その本を読んだときの印象と、「どんなときに幸せを感じますか?」という問いに対する答えの印象が非常に似ているんです。

その本のなかにひとことも出てこなかったものがあります。それを端的に表現すると、「花鳥風月」ということになります。
「花であり、鳥であり、風であり、月」。つまり、広い意味の自然です。

では、子どもの社会で「花鳥風月」がないとなにが起きるかというと、人間の世界が大きくなる。
すると、人間の世界のよい点と悪い点が大きくなります。
だから、特別なトラブルがない状態で生きていたら「幸せだ」というのはわかるんです。問題は不幸せなときですよね。
人と人との関係が世界を占めてしまって、人間関係のなかだけに幸せを見出すのは危ないと僕は思っているんです。

引用:「養老孟司氏  ~未来を変える選択~」より

現代において、「人間関係の悩み」というのは、かなりの比率を占めていると思います。
それこそ、良い人間関係は人をとても幸福にしてくれますが、悪い人間関係は人を死に至らしめることすらあります。

「いじめ問題」などはその典型で、人は人間関係の中で悩み、苦しみ、場合によっては自ら死を選ぶことすらあります。

なぜ死を選ぶほど追い詰められてしまうのかというと、その一因が「人間関係が世界の全てだ」と思いこんでしまうからではないかと思うのです。
実際は、私たちは自然界の中で生きているわけですし、人間だけではない、色々な関係性の中で生きているわけです。

「人間関係」や「人の目」をあまりに重視しすぎると、身動きがとれないような気がしてくるし、息苦しいものです。
そもそも、第一次産業が盛んだった昔などは、「人は人と向き合ってきた」などではなく、「自然と向き合ってきた」といいます。

コミュニケーション能力といわれるものがやたらに持ち上げられる昨今ですが、そもそも人は、あまりに「人と向き合い過ぎて」生きていると、しんどくなって当然なのかもしれません。

あえて孤独になる時間を持つことのススメ

2017.02.18

 

自然との関係も見直してみよう

会社や学校、家庭で、私たちは様々な人間関係の中に生きています。
さらにスマホやSNSが発達し、我々は人類史上、類をみないほど「他人と繋がっている」時代に生きています。

確かに「人間関係から得られる報酬」は私たちを安心させてくれますし、生き甲斐を与えてくれます。
承認や肯定、これらを得たいがために私たちは頑張ります。人の期待に応えようとします。

けれど、人間関係はプラスの面ばかりではありません。マイナスの面もあります。
それに振り回され、疲れ切ってしまうことも多々あります。

人間関係に疲れた時、ちょっと目先を変えて、自然の中に足を運んでみるのもいいものです。
木々のざわめき、鳥のさえずり、草木や土の匂い…。
それらをじっくり味わい、自分の身体が「ここにある」ことを感じてみる。

いつも「人間関係」のことばかり考えていると窒息してしまいます。
たまには、自然との関係も感じられる、ゆったりとした時間を持ちたいものです。

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