他人との境界線(バウンダリー)をちゃんと引こう

筆者が「境界線(バウンダリー)」という言葉を知ったのは最近のことでした。
思えば、筆者は子供の頃から、この境界線、つまり人との距離感というものが全然分かりませんでした。

人との距離感が分からず、つい入り込み過ぎてしまう。あるいは、距離を置きすぎてしまう。
ほどよい距離感が分からないので、いつも「まわりの人たちとどこか違う」という疎外感を感じていました。

以下に、境界線(バウンダリー)が引けない事による主な特徴を書き出してます。

・頼まれたらイヤといえない。断れない。断るのが悪いことだと思っている。

・傷つけられたり失礼な行為をされても限界まで黙っている。

・いつも誰かに振り回される。

・他人の顔色や機嫌を伺いすぎる。自分のせいだと思ってしまう。

・別れた方がいい関係、切った方がお互いのためになる関係をいつまでもダラダラと続けてしまう。

・他人の期待に応えるために、自分の感情を欺く。または無理をして頑張る。

・依存されたり、依存したりする、支配・被支配の関係になりがち。対等な関係が築けない。

どうでしょうか?
幼少期から親子関係に問題があったり、いじめにあったり、転校を繰り返していたり、大切な人を失う経験をしたりすると、この境界線が分からなくなることが少なくありません。

1.境界線とはどういうものか

では逆に、境界線とはどういうものなのでしょうか?

境界線とは

・率直に意見を述べるところから始まる

・愛情の限度のことである。

・これ以上はやらない、ないしはできないという限度である。

・人に言われて引くものではない

・こけおどしではない

・誰かをコントロールするための権力争いではない

筆者は回復の途上において、この境界線(バウンダリー)を引くというのが最も苦手で、今も苦戦しています。

とにかく「ノー」というのが苦手ですし、相手の期待にいつも応えてないと「いけないような」強迫観念があります。
だから他人と関わるのが苦手です。
要するにこれらの境界線が自分でもハッキリしていないから、他人と関わると疲れるし、ストレスが溜まることが多いのです。

それは過干渉な母親、ACで依存症だった父親との関係や、転校やいじめなどの影響によって身についた思考・行動パターンですが、大人になった今となっては害になることが多く、回復のためには手放す必要がありました。

2.境界線が引けると生きるのがラクになる

未だに境界線を引くことが苦手だとは書きましたが、これでも回復当初(3年半前)と比べて格段に進歩したと自分では実感しています。
なにより、以前と比べて対人関係でのトラブルが減り、余計な気苦労も減りました。
他人の期待に無理して応えることをやめましたし、できない事は「できない」と言えるようになりました。

しかし、限度を設定することで、人間関係が生まれることもあれば、破綻することもありました。
未だに境界線を主張することで、人との関係が切れたり、嫌われたりすることは怖いです。
ついつい、昔の生きグセが出てきて、自分の感情を欺いてでも「いい人」を演じたくなります。
しかし、それは短期的にその場を切り抜けることは出来ても、長期的に見れば良くない結果を招くことが多いです。

自助グループの効果

自助グループで、毎回毎回自分の正直な話をしていた効果でしょうか。
「今自分が何を感じていて」「どうしたいのか」「何が心地よくて、何が嫌なのか」という話をずーっとしていると、自分自身に不正直でいることに対して、激しい違和感を覚えるようになります。

『みんながそうしてるから』とか『嫌われたくないから』とか『人の目が気になるから』ということより、『自分自身と、自分の内なる神の声』を重視するようになってきます。
境界線を引く際に、自分自身の感情と繋がっていること、自分自身が何を考え、どうしたいのかを分かっていることは絶対必要な条件です。
それが分かっていなければ、どこで境界線を引くべきかも分からないからです。

3.境界線を設定したら、以下の準備もする

・あなたが本気かどうか試されるだろう(とくに、前の境界線がこけおどしに過ぎなかった場合)

・相手が喜ばないことを言わねばならないため、気がとがめるだろう。

・境界線を実践するためには、工夫が必要になるだろう。

・境界線の中には、実践するのに膨大なエネルギーを消費するものもある。

・強迫観念の強い人、依存体質の人、甘やかされた人はしつこい傾向がある。

・相手があなたは利用できないと知った時、その人との関係が壊れるかもしれない。

・相手があなたに罪悪感を抱かせて、あなたの決意を変えようとするかもしれない。

・境界線が本物だと知った途端に、相手が腹を立てるかもしれない。

4.境界線を引くことは「ワガママ」ではない

境界線を引くということは、ひとえに「自分自身を大切にする」ということに他なりません。
例え他人から嫌われようと、関係が切れようと、自分自身を裏切るようなことはあってはなりません。
自分自身の一番の親友は「自分」なのです。
自分自身が自分を大事にしてあげないで、誰が大事にしてくれるというのでしょう?

これは自己中心的であるとか、自分のことしか考えていないとかという事とはまた違います。
『相手を傷つけるんじゃないかしら?』とか『自分勝手なことばかり言えないし…』といって自分の感情を押し殺してまで不健全な関係にとどまっている人がいますが、本当は「嫌われたくない」「わがままな人と思われたくない」「現状を変えるのが怖い」という自分を守りたい願望や恐れが隠れている事が往々にしてあります。

自分をちゃんと大事にできる人が、はじめて他人を大事にできるのではないかと私は考えています。
できないものは「できない」し、イヤなものは「イヤ」なのです。
まずは自分が感じている心の声を、良いとか悪いとかジャッジせずに、ありのままに受け入れること。

そして、それを相手の心にも配慮しながら伝える努力すること。
ここまでが私の境界線だと、主張すること。
結果として相手が傷ついたり、気分を害したり、関係が切れてしまうような事があるかもしれませんが、それはそれで仕方がありません。

最初はなかなか境界線を引けないかもしれませんが、時間をかけて練習すれば容易に引けるようになります。
人が喜びそうなことを言う代わりに、言いたいことを伝えられるようになる事は、自分自身の人生を生きるためにとても重要なことです。

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