【食べる瞑想】ゆっくり丁寧に食べて幸せを感じよう

最近、ご飯をゆっくり丁寧に食べることにしています。

思い返してみれば、子供の頃からかなりの早食いでした。
例えば何人かで食事すると、必ず私が早く食べ終えていたのを憶えています。

親や周囲の人からも「食べるのが早すぎるよ」「なんでそんなに急いで食べるの?」とよく注意を受けていましたが、いっこうに治る様子はありませんでした。

雑誌やテレビでよくやっている、「よく噛んで食べたほうが太りにくい」、「消化も良くて栄養もより効率的に摂れる」、という特集や番組を見るたびに、「よし、今日からゆっくり食べてみよう」と一時は決心するのですが、しばらくするとまた元に戻ってしまうのです。

せっかちな性格のせいでしょうか、「ご飯をゆっくり味わって食べる」ということがまだるっこしく感じてしまうのです。
とにかく早く空腹を満たしたい。満足したいという思いが強すぎて、ろくに噛まずに飲み込んでしまう。

昔から「過程を楽しまずに、結果だけを求めてしまう」という考え方が強く、それが私の欠点でもあるのですが、食事の仕方にも対してもそれが出ているようです。
しかし、最近になってこれはとても損をしている食べ方、味わい方なんだなあ、ということに気づいたのです。

精神疾患になってさらに食事を味わうことができなくなっていった

うつ病や不安障害、向精神薬の依存症といった精神疾患を発病してからは、焦燥感やイライラ、恐れや怒りといった感情が常に頭のどこかにこびりついていたので、食事をしていてもどこか上の空で、「眼の前の食事を味わう」という事に集中していないことがほとんどでした。

つまりマインドフル(今この瞬間に集中する)の反対、マインドレス(心ここにあらず)の状態ですね。
うつ病というのは、脳内の報酬系(楽しさや快感を感じる神経)が機能不全を起こしてまともに働かなくなる病気ですから、食事も楽しめなくなって当然といえば当然です。

ベンゾジアゼピン依存症と報酬系の機能不全について

2017年3月24日

病気で感情や感覚が鈍麻しすぎて、まともに仕事や日常生活、人間関係もこなせないレベルにまで落ちていたのですから、味覚などという機能もひどく落ちていました。

味自体はするのですが、それをちゃんと感じることができていない、とでも形容すればいいでしょうか。
「おいしい」と感じる基準もおかしくなってきて、脂っこい揚げ物とか、濃い~味のラーメンとか、甘~いお菓子とか、そういうカロリー度が高くて「刺激の強い食べ物」じゃないと満足できないようになっていました。

慢性的なストレスがずっとかかると、脳内の報酬系がまともに機能しなくなって、強い刺激ばかり追い求めるようになるといわれています。
うつ状態の時は、こういう時に過食を繰り返したり、ひどくなると何らかの依存症になるリスクも高まるので注意が必要です。

うつ病の最も辛いところは、「食事」のような、人間の基本的な欲求に根ざした行為すらも楽しめなく点だと思います。

うつ病患者が「死んでしまいたい」とよく希死念慮を訴えるのも、普段の日常から「楽しい」とか「面白い」といった喜びの感情が全て奪われている状態だからです。
そんな状況に陥ると、人は絶望して死にたくなって当然だと思います。

マインドフルネスの「食べる瞑想」を知る

うつ病からの回復期において、マインドフルネスを実践するようになったのですが、その中に「食べる瞑想」という技法があります。

~マインドフルネス~脳の疲れが取れる最高の休息法

2017年10月27日

マインドフルネスに関する本やWebサイトを読んでいると、時々、「食べる瞑想」のやり方が書かれていることがあります。
「1粒のレーズンを、穴があく程眺めたあと、ゆっくり手に取って、口に運んで、噛んで、飲み込んで、食道から体内に取り込まれていく、その様子を観察する・・・」っていう、アレです。

英語では、「Mindful Eating(マインドフル・イーティング)」とも呼ばれる、この独特な瞑想について、「あまりよく分からないし、取っ付きにくいし、なかなかやってみる気が起きない・・・」なんていう人が、実は多いのではないでしょうか??

引用元:http://mindful-music.jp/mindful-eating/

私は時々この「食べる瞑想」をやっているのですが、確かに「食べる」ということに対して見方が変わったように思えます。

「今まで何かに取り憑かれたように早食いしていて、ろくに味わってなかったなあ」とか、

「こんなに味付けが濃くて、脂っこいものばかり食べる必要があるのか?」とか、

「この料理ってこんなにおいしかったんだ!」とか。

よく噛んで、味わって、ものすごく丁寧に食事してみると、色々な発見がありました。
要するに、いかに今まで「適当に食べていたのか」ということを痛感したのです。

ろくに噛まずに飲み込んでいましたし、テレビやスマホを見ながらの「ながら食い」もよくやってましたし、考え事をしながら食べていることもしょっちゅうでした。

最近、「孤独のグルメ」というドラマが人気を博していましたが、松重豊演じるサラリーマンの主人公は本当においしそうにご飯を食べています。
あれこそが「食べることに対してマインドフルな状態」、つまり全身で食べることに集中していて、今この瞬間に集中している、という見本なのではないかと思います。


しかも、彼が訪れる場所は高級料理屋などではなく、大衆食堂のような店がほとんどです。
こういう番組がヒットする背景には、ゆっくり丁寧に味わって食べれば、高い料理じゃなくても、一人(ソロ)で食べても、十分に満足感を得られるということを思い出させてくれるからではないでしょうか?

腹を満たすことよりも「食べる過程」を楽しんだ方が満足度が高くなる

毎食毎食「食べる瞑想」をやれたら理想的なんでしょうけど、忙しい時もありますし、もちろん今でもストレスが溜まったら暴飲暴食をしちゃったりもします( ̄∇ ̄;)

でも、時々思い出したときにでも「食べる瞑想」を差し挟むと、本来、「幸せ」というのはおいしいものをゆっくり味わって食べる、という単純なことの中にあるんだなあと思い出させてくれるのです。

今まではただ「腹を満たす」という「目標」のために食事していることが多かったんですけど、この齢になってようやく「ゆっくり味わって食べる」という「過程」を楽しむようになれたと思います。

何事も「目標」とか「成果」ばかりに目を向けてないで、「過程そのもの」を楽しむようにすると生活のクオリティ・オブ・ライフが上がるような気がするのです。

そういう、日常の何気ない事から感激や感動を得られるようなライフスタイルを送りたいものです。

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