管理人Gakkiの回想録(薬物依存症専門の病院に繋がる)⑫

ベンゾジアゼピン(抗不安薬・睡眠薬)依存症がどうにもならないレベルに達した私は、近所にある薬物依存の治療に力を入れている精神病院に入院することになりました。

仕事は、上司に事情を説明して休職扱いにしてもらいました。

これが初めてではないとはいえ、私にとっては二度目の精神病院への入院は「また薬物依存に敗北した」という事実以外の何ものでもありませんでした。

しかし、一度目の精神病院と同様、不思議な安堵感がありました。
「もう頑張らなくて仕事に行かなくていい」「もう薬を使い続けなくていい」という安堵感でした。

ひきこもりを経験した私は、また仕事ができなくなることを極度に恐れていました。
「働いてない自分」には全く価値がなく、世間に顔向けできないと思っていました。
仕事を辞めたらまた親や世間から責められると強迫的に思い込んでいたので、なんとしてでも、薬を使ってでも仕事を続けなければなりませんでした。

しかし、とうとうその無理にも限界が来て、観念する時が来ました。
私は、「このまま仕事を続けたら死ぬ」というところまで追い込まれないと休職できないほど仕事に依存していた「ワーカーホリック(仕事依存症)」でもあったのです。

薬物依存症の回復プログラムが充実している病院に入院する

大学生以来、2度めに入院した病院は、薬物依存の治療で有名な教授が研究所を持っている背景もあって、スタッフやカリキュラムがかなり充実していました。

依存症の患者は、毎週、院外のNAミーティング(※1)に参加することが(強制ではないが)義務付けられていましたし、薬物依存症のリハビリ施設であるDARC(ダルク)から回復した職員が派遣され、院内でもミーティングが行われていました。

薬物依存症の病院メッセージに行ってきた

2016年12月31日

薬物依存症の治療プログラムであるSMARPP(スマープ)(※2)を利用した勉強会も毎週やっていて「薬物依存症は病気であること」「再発(リラプス)を防止するにはどうすればいいのか」「薬物をやめるためのスキル(コーピング)をどう育てていくのか」といった、実践的で具体的な知識を色々教えてもらいました。

運動などの作業療法も充実していましたし、看護師も依存症の勉強をちゃんとした方々ばかりだったので非常に頼りになりました。

(※1)NA(ナルコティクス・アノニマス)12ステッププログラムをベースとした、薬物依存の自助グループ。薬物をやめたいという願いがあれば誰でも参加できる。覚醒剤、大麻、シンナー、処方薬といったあらゆる薬物が対象。

(※2)SMARPP(スマープ):神奈川県立精神医療センターのせりがや病院にて開発された、精神刺激薬の覚醒剤への薬物依存症を主な対象とし認知行動療法の志向をもつ外来の治療プログラム。
アメリカの西海岸で広く実施されている、マトリックス研究所のマトリックス・モデルという治療プログラムを参考にし、使用の防止には認知行動療法を、支持する場合には動機付け面接の原則をとり、依存症の知識と具体的な対処スキルの修得に重点が置かれている。

薬物依存症専門のカウンセラーさんとの出会い

この病院に入院して一番の収穫は、薬物依存専門の臨床心理士(カウンセラー)の方に出会えたことが、私にとってものすごく大きな転機でした。
今まで色々な精神科にかかってきましたが、医者や臨床心理士も処方薬依存症に対してほとんど知識がなく、トンチンカンなアドバイスをされたり、こっちが余計に混乱したり、という事ばかりでした。

しかし、この病院のスタッフ、特に臨床心理士の方はベンゾジアゼピン依存症にも精通していて、「やっと話の通じる支援者に巡り合った!」と飛び上がるほど嬉しかったのを憶えています。

薬がやめられないこと、離脱症状のこと、家族との共依存症のこと……今までは自分ひとりがおかしいのかと思ってましたが、それは「依存症という病気がさせている事であること」、「依存症にかかれば誰もが同じ状態に陥ること」「依存性は脳の報酬系(快感や楽しさを感じる回路)が正常に機能しなくなった病気である」などを分かりやすく明確に教えてくれました。

このカウンセラーさんとはとても相性が合って、薬物依存症から脱するための様々な知識を授けてもらいました。

曝露療法(エクスポージャー法)、認知行動療法、行動療法におけるタクトとマンドの考え方、薬物渇望期とドライ・リラプスの知識、マインドフルネス、条件反射制御法、対人関係のスキルの伝授…。
挙げていけばキリがありません。

私はこのカウンセラーさんをとても信頼していましたので、出される課題や技法はほぼ全部実践しましたし、可能な限り継続するようにしました。
支援者の方に恵まれていた点で、私は大変運が良かったのだと思います。
「人との出会い」、特に「良いメンター(師)に巡り合う」という事は、回復を大きく左右するポイントの一つだと思います。

この病院に入院し、勉強会や自助グループに出席し、依存症についての正しい知識を勉強していくにつれ、目から鱗のような体験を何度もしました。
「俺は今までなんて無駄な時間を過ごしてきたんだ!」「もっとこの病院に早く繋がっていれば!」と叫び出したい気分でした。

今まで、さんざん周囲に「本当にやる気になったら薬なんかやめられるはず」「意思が弱いからやめられないんだ」「根性が足りない」と責められ続けて、自分流で何度も向精神薬をやめようともがいてきましたが、全て失敗してきました。

それもそのはずで、依存症は「正しい知識」「有効な対処スキル」「長期的な戦略」をちゃんと組み立てて初めて回復できるものだと教えてもらいました。

つまり、依存症を克服するには「賢く立ち回らなければ」ダメなのです。

抽象的な「意志」や「根性」でやめようとしても、ほぼ必ず失敗します。

それは、依存症が「脳の病気」だからであり、人間の「意志の力」そのものが侵される病気だからです。

テレビをはじめとしたメディアでは、覚醒剤の使用などで芸能人が捕まったり、再発を繰り返したりすると精神論を振りかざして寄ってたかって叩くという光景がよく見られますが、無知もいいところです。
ああいう偏見だけを助長するような報道は本当にやめてほしいと切に願っています。

最初は何度かスリップを繰り返すのが普通

しかし、依存症の知識を得て、「よし、これで薬をやめてやるぞ!」と決意したからといって、それを日常生活の中に浸透させ、実際に継続していくとなると話は違ってきます。
自転車の乗り方を教えてもらったからといって、すぐに乗れないのと同じことです。

薬物のやめ方にも「コツ」があるのです。
それを身体で憶えていくまでは、当然ながら何度か失敗します。
失敗しながらうまくなっていく……なにかに挑戦する時には当然の考え方ですが、スリップに対して「二度と使っちゃいけない!」と本人や家族が厳しすぎる視点で見ていると、その罪悪感やストレスから余計に立ち直るのが遅くなるケースもあります。

でも、アルコールや処方薬はともかく、覚醒剤依存症なんかは一度でも繰り返すと犯罪になっちゃいますから、難しいところですよね……。

私も退院して何度かスリップ(薬物再使用)を繰り返しました。
覚醒剤やアルコールなどと違って、ベンゾジアゼピン依存症は数ある依存症の中で特に離脱症状の苦痛が激しく長期化しやすいです。
強い離脱症状自体は数ヶ月で収まりますが、その後も(個人差はありますが)、薬物渇望期やドライ・リラプスなどの「薬を飲んでいた頃と同じ精神症状、不快感が襲ってくる」という症状が不定期に襲ってきます。

ベンゾジアゼピン系薬物(抗不安薬・睡眠薬)の離脱症状と渇望期について

2017年3月16日

ベンゾジアゼピン依存症と報酬系の機能不全について

2017年3月24日

この薬物渇望期とドライ・リラプスの苦痛があまりに強いため、「薬をやめても何も変わらない」「全く動けない」「鬱が余計にひどくなった」「全然回復する気配がない」と、耐えきれずにスリップしてしまう人が多いです。
実際は、ダメージを受けた脳が着実に回復している証拠なのですが、本人にしてみればいつ終わるともわからない身体的・精神的な苦痛に耐えなければいけないのですから、その孤独感と心細さは筆舌に尽くしがたいものです。

ベンゾの離脱症状の苦痛に耐えきれずに咳止め薬依存症になる

私も回復の初期には、失敗を繰り返してばかりいました( ̄∇ ̄;)

例えば、一ヶ月入院して、全ての向精神薬を断薬した私は、「早く働かなければならない」と焦っていましたので、退院してすぐにフルタイムで働き始めました(!)。
今思うと「正気か?」と言いたくなるような愚行ですが、当時の私は「仕事」というものに自分の価値をものすごく依存していましたので、仕事をしていない状態に耐えられなかったのです。

症状が悪化する元凶となった夜勤もこなしていましたので、すぐに精神的にも肉体的にも限界がきました。
ベンゾジアゼピンの離脱症状もまだ全然収まっていない私は、連日ひどい筋緊張や鬱、不眠、自律神経の不調に襲われていました。
しかし、ベンゾジアゼピン系の薬に頼るわけにはいかない。

そこで私は、離脱症状の苦痛を少しでも和らげるために、薬局で咳止め薬の「ブロン」を大量に買い込んで飲み始めました(!)。

「ブロン」について簡単に説明しておくと、この咳止め薬にはジヒドロコデイン(以下コデイン)とメチルエフェドリン(以下エフェドリン)が含まれていて、どちらも弱い麻薬の成分が含まれています。
このブロンは普通に飲むぶんには咳止め薬としての効果しかありませんが、大量に飲むことで一時的に肉体的・精神的な苦痛を和らげる作用がありました。

「ベンゾジアゼピン以外の薬物ならなんでもいい、とにかく『薬』を飲んでこの苦痛から逃れたい」という誘惑に負けて、私はブロンを大量に飲むようになりました。
今思い返しても狂っていると思いますが、これは依存症から脱する上で、他の依存対象を使い始めて「クロスアディクション」に陥るというのは、よくあることらしいです。

そうして数ヶ月が経過しましたが、ハッキリ言って、ブロンはベンゾジアゼピン以上の「毒」でした。
自律神経がボロボロになり、身体がだるくて立っているのもやっと、という状態になりました。
鬱や不安はよりひどくなり、ふたたび私は窮地に追い込まれました。
観念した私は、カウンセラーさんにスリップしたこと、ブロンを使用していることを洗いざらい白状しました。
しかし、カウンセラーさんは一言も責めるような事は言わず、
「回復の過程でスリップは何度かするのが普通ですから、またやり直しましょう。しかし、ブロンを飲むのだけはやめてください。ブロンを飲むぐらいなら、ベンゾジアゼピンを飲んだほうがまだマシです」
とも忠告されました。

藁にもすがる思いで自助グループに通い始める

なにはともあれ、ブロン依存症から脱しなければならない。
私は、再び5日間ほど休職させてもらい、その期間中にブロンを解毒することにしました。

あの時の離脱症状の激しさは今でも忘れません。
下痢、異常な倦怠感、鬱、不眠……。トラウマになりそうな苦しさでした。

ブロン依存症から離脱することはできたものの、また振り出しに戻ってしまいました。
「本当に俺は薬をやめることができるのか?」と毎日毎日すごい不安でした。

カウンセラーさん相談したところ、
「依存症から回復したいなら、まず何はともあれ自助グループに通い続けたほうがいいですよ。依存症治療においては最も効果のある方法が自助グループに通うことですから」
と言われました。

最初は半信半疑で面倒くさいという気持ちがありましたが、退院してからスリップを繰り返していたので、他に選択肢はありませんでした。
「自助グループに真面目に通っていさえすれば、ベンゾジアゼピン依存症から回復できる」
と藁にもすがる思いでまた通い始めました。

しかし、ほどなくして本当に薬が止まりだしたのです…。

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