自分を傷つける行為は「必要だから」やめられない

非常に共感できるツイートが流れてきたので、今日はこのことについて書いていきたいと思います。

今の社会は「異常」「正常」をとにかく分けたがる風潮にあります。
しかし、 ただ臭いものには蓋をすればいいというものではありません。

「アルコールやギャンブルがやめられない」というのは、依存症という病気のほんの氷山の一角なのです。 本質はもっと根深いところにあります。

このように、問題の表面だけ見ていると、物事の本質を見失うことが往々にしてあります。

なぜ自分を傷つける行為が必要なのか?

「やめなければいけないと分かっているのに、やめられない」という行動は、依存症の他にも自傷行為や、摂食障害などが挙げられます。

それらの原因としては、虐待やいじめのトラウマや低い自尊心、完璧主義と相関関係があると考えられています。

背景となる障害には、境界性パーソナリティ障害、双極性障害、心的外傷後ストレス障害、解離性障害、統合失調症、知的障害などがあります。

また近年では何ら問題の見られない一般人口での伝染も見られるといいます。いろんな要因が複雑に絡み合って、「これ」というような分かりやすい悪者が特定できないことも多いです。

一般的に、こういう行動を起こすと、親や周囲の人間は「問題行動だ。やめさせよう!」となり、

もっと自分の身体を大事にした方がいいよ
みんな心配しているのが分からないのか?
かまってほしいからそんな事やってるんじゃないの?

など言って叱ったり、抑えつけたりして止めさせようとするんですが、うまくいかない事が多いです。

それは表面的に現れている現象だけに注目して、「本人にとってなぜそういう行為が必要なのか?」を考える視点が欠けているからです。

「必要だから」やめられない

依存症、自傷行為、摂食障害……。

なぜやめられないのかといえば、本人にとって「必要だから」やめられないのです。

行動分析学でも説明されていますが、人間は、メリット(好子)のある行動は続けるし、デメリット(嫌子)しかない行動は続けないものです。

行動分析学の面から「ひきこもり」を考える【なぜひきこもり続けてしまうのか?】

2018.04.30

つまり社会の常識に照らし合わせれば、それらの行動は「異常」なことなのですが、本人にとっては生き延びるためにごく自然な流れとしてそうなっているだけのことなのです。

本人にとっては「それがあったからなんとか生きてこれた。安らぎを得ることができた」行為や物質を、周りが無理矢理引き離して「甘えるな!ちゃんと独り立ちしろ!」と叱咤激励してみたところで、根本の問題は何も解決していません。
やめたほうがいい事は、誰よりも本人もよく分かっているのです。

しかし、本人にとっては必要なものを取り上げられても、それに代わるものもないのですから、ただ生きづらさが倍増するだけです。

ほどなくして同じ事を繰り返すか、別の問題行動によって「自己治療」を続けることでしょう。

これらの問題を根本的に解決したいのなら、今まで使っていた自己破壊的な方法とは違う、「代わりとなるもの」を探さなければなりません。
それは、信頼できる人間関係だったり、安心できる居場所だったり、打ち込める仕事や趣味だったり、人それぞれです。

もちろん、その「代わりとなるもの」は、他の誰でもない、本人が探さなければいけません。
こればかりは、親やパートナー、友達が探してきてくれるわけにはいきません。
だからこそ、これを探し出すのが一番しんどい作業でもあるのですが……。

もしあなたの身近に自分を傷つけるような行為ばかりしている人がいるなら、問題となっている行動をできるだけ裁かず、責めず、「なぜそのような行為がこの人には必要なのだろう?」という視点を持って接して欲しいものです。

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