管理人Gakkiの回想録(ありのままの自分でいられる生き方を目指して)⑮

前回の続きです。

管理人Gakkiの回想録(社交不安障害の回復に取り組む)⑭

2018年3月10日

長かったこの回想録も、今回で最後となります。

ベンゾジアゼピン系薬物(抗不安薬・睡眠薬)を含む、全ての向精神薬を断薬した私は、少しずつ、少しずつ良くなっていきました。

断薬初期の頃は、不安や緊張、イライラといった感情の波がひどく、抗不安薬や睡眠薬のことが頭から離れませんでしたが、一年を過ぎた頃からだいぶ渇望の波も収まってきました。

一年目は離脱症状と闘いながら薬をやめ続けるだけで精一杯でしたが、二年目からは多少余裕が出てきて、処方薬依存症に陥る原因となった対人恐怖、社交不安障害(SAD)の問題に取り組みました。

三年目は、さらに社交不安障害を発症する原因となった、アダルトチルドレンの問題に取り組むようになりました。

その過程で、自助グループの12ステッププログラムに取り組みだしました。

初心者のための12ステップ講座:はじめに

2017年12月13日

当初、私は自助グループ関係の書籍やセミナーから得た知識だけで、独学で12ステップをやっていたのですが、そのうち独りでは限界を感じ始めました。

本来、12ステッププログラムとはスポンサー(※)に教えてもらいながら実践していくものだということを聞いて、さっそくグループの先ゆく仲間にスポンサーになってもらい、ステップを踏み始めました。

(※)スポンサー:自助グループの中で自分が選ぶ相談役、導き手のような存在。回復していて経験豊富なメンバーが選ばれることが多い。12ステッププログラムを手渡してくれる存在とされる。手渡される側は「スポンシー」という。

12ステッププログラムは簡単に言うと、「自分自身を点検していく」プログラムです。

特に依存症者は、長いあいだ嗜癖(アディクション)の虜になっていて、自分自身を省みることなく、他人に迷惑をかけ続け、恨みや恐れを増幅させてきた人が多いです。

しかし、今いちど立ち止まってみて、自分の人生において「自分のどんな思考・行動パターンが悪かったのか、間違っていたのか?」「自分が今までに傷つけた人は誰か?どんな埋め合わせができるのか?」という事をプログラムに沿って見つめ直していくのです。

私はベンゾジアゼピン依存症になって、色々辛い思いをしてきましたが、この12ステッププログラムに出会ったことは幸せなことだったと思っています。

依存症になったからこそ、自分の人生を一から見直す機会を与えられたからです。あそこまで追い詰められなかったら「自分の生き方の何が間違っていたのか?」という事を本気で点検するプログラムをやろうなどと思わなかったでしょう。

依存症者にとっての12ステッププログラムと自助グループは、糖尿病患者のインシュリンに例えられることがよくあります。
糖尿病患者はインシュリン注射を定期的に打ってないと症状が悪化し、昏睡状態あるいは死に至ることもあります。
依存症も同じです。

私達アディクト(依存症者)は、不安や怖れといった感情、強迫的なとらわれといった思考パターンを「自力で」コントロールすることが困難です。
そういう「障害がある」と捉えてもらってもいいでしょう。

負の感情や、強迫的なとらわれは放置しておくと薬物やアルコールのスリップ(再発)に繋がります。
ですから、アディクトは日々、自分の感情を平静に保つために、生涯に渡って感情や生き方のメンテナンスをし続ける必要があるのです。

ギャンブル依存症の治療で有名な、精神科医の箒木蓬生氏は、著書「ギャンブル依存症とたたかう」の中で12ステッププログラムを、
「まさに依存症の回復のための叡智のかたまりであり、いうなれば目に見えない心の世界遺産である」
と評していますが、私もそう思います。

げんに、AA(アルコホーリクス・アノニマス)と12ステッププログラムの創始者、ビル・ウィルソンは、米国のタイム誌(TIME)において「20世紀で最も重要な・偉大な100人」の一人に選ばれています。

当ブログでも、処方薬依存症、向精神薬依存症のSkypeミーティングを実施しています。
ご興味のある方はお気軽にコンタクトください。

ベンゾジアゼピン依存症から回復した部分、回復しなかった部分

向精神薬を全て断薬してから4年が経過し、認知力や理解力、感受性といった脳機能はだいぶ戻ってきました。
コミュニケーション力や感情を制御する能力、衝動性を抑える能力も、12ステップや認知行動療法、マインドフルネスによって随分と元に戻ってきました。

この頃になると、もともとあった社交不安障害(SAD)にもそれほど悩まされなくなっていました。
これは、対人恐怖を克服したというより、依然として他人が苦手で緊張はするのですが、「緊張してしまう自分自身」を受け入れられるようになってきたことによるものです。

「別に緊張してもキョドってもいいや」「不安になってオーケー」と思えるようになると、不思議と趣味のグループに出かけたり、人と会ったり、旅行に行ったりすることを積極的にするようになってきて、それなりに人付き合いというものを楽しむようになってきました。
それは私の人生で初めての経験でした。

しかし、一方で病気の後遺症かどうか分かりませんが、現在でも回復してない部分があります。

私は子供の頃から非常に疲れやすい体質でしたが、ベンゾジアゼピン依存症から回復した後は離脱症状の影響もあって、さらにそれが顕著になりました。
調子が安定しているときは普通の人と同じように動けるのですが、未だに2ヶ月おきに襲ってくるドライ・リラプス(※)の周期に入ると、自律神経が大幅に狂い、鬱、不安、筋緊張がひどくなります。

ベンゾジアゼピン系薬物(抗不安薬・睡眠薬)の離脱症状と渇望期について

2017年3月16日

※ドライ・リラプス:薬を飲んでいないのに、飲んでいた時と同じような症状が出現すること。鬱や不安、過敏症、筋緊張など、人によって症状は違う。

そんな事情があって、なかなか仕事もフルタイムに復帰する踏ん切りがつかなかったのですが、断薬4年目になって施設長から夜勤のない正社員のポストに誘われました。

今までは回復に専念するため、ずっとパートタイムで働いてきたのですが、条件も悪くなさそうでしたし、そろそろ自分がフルタイムでも働けるかどうか試してみたい気持ちもあって、異動の話を承諾することにしました。

異動先の部署でパワハラを受ける

異動先では、先輩と2人っきりの部署で、あとはパートさんに指示を出す責任者みたいな仕事をしていたのですが、ここでまさかのパワハラを受けることになりました。

異動して数週間もすると、前の部署にはなかった「ピリピリした嫌な空気」を感じ取っていたのですが、その予感は的中して、仕事を教えてくれない、放置される、ミスしたら執拗に責められる、ミスを押し付けられる、という事を連日されていました。

2人っきりの部署で、部屋が密室で誰も見てない、ということで先輩の私に対するいじめはどんどんエスカレートし、私はストレスで消耗していきました。

「すぐに辞めるのも情けないし、もう少し耐えてみよう」
と、なんとか7ヶ月間は耐えてみたのですが、そのうちストレスで食欲はなくなる、眠れなくなる、手は震えてくるし、毎日ひどい倦怠感と吐き気に悩まされる、というような状態に陥り、うつ病の一歩手前まで追い込まれていました。

その時のことは過去の記事にも書いた通りです。

トラウマを吐き出せ!「書くこと」と「喋ること」の重要性

2018年2月2日

同僚に相談したり、施設長に相談したり、先輩と話し合う機会を設けてみたり、色々手を尽くしてみましたが状況は良くなりませんでした。

コーピングを駆使しても、ストレスで片時も緊張がとれないので、4年間も断酒していたお酒を飲み始めるようになりました。

もはや、このまま放置していたらベンゾジアゼピン系薬物に再び手が伸びるのは時間の問題でした。

かなり悩んで、「回復と仕事、どっちをとるのか?」と自問自答する日々が続きましたが、答えはひとつでした。
仕事は転職すれば替えがききますが、一度でもスリップ(再発)すればまた薬の過剰摂取が止まらなくなり、ほどなくして精神病院送りになるでしょう。

仕事上の人間関係で、これまでの4年間の血の滲むような努力をパアにされるのはなんともアホらしい話でした。
惜しい気持ちはありましたが、7年間勤めてきた施設を辞めることにしました。

悔しさと情けなさで一杯でしたが、やれることは全部やったし、天災のようなものだったと思って諦めるようにしています。

同僚や上司は何度も引き止めてくれ、他の部署への異動の話も用意してくれましたが、正直、これを機会に介護の仕事に一区切りつけるいい機会かなと思ったので、丁重に断らせてもらいました。

自分の障害にとって、無理のない働き方を目指す

今回、私が退職した主な理由は先輩からのパワハラでしたが、一方で、フルタイムの仕事はやはり私にとって負担が大きいことも発見しました。

私の場合、自分のキャパシティを超えて忙しくなったり、働く時間が長くなると、かなり無理をしなければならなくなります。精神的に余裕がなくなり、仕事を中心に生活が回り始めてしまうのです。
イライラしがちになり、欲しくないものを衝動買いしたり、身の回りのことがおろそかになり、他人にも興味がなくなっていきます。
私は、忙しく余裕が無いとそうなってしまう特性があり、それは慣れたり、訓練などでは克服できそうにない類のものだと気付いていました。

ですから、今回、仕事を退職するにあたって、私は自分の働き方を根本から見つめ直してみるいい機会だと思ったのです。

現段階の私にとっては、週2~4日、6時間勤務ぐらいが一番無理なく働けるラインなのですが、そうなると今度は経済的に厳しくなってきます。

そこで私なりに考えたのが、今のうちに、

①できるだけ支出が少ない生活スタイルに慣らしていく

②副業(複業)を育てておく

③半農で半自給自足の生活

という戦略を立てました。

①については、生活レベルを積極的に落とす、節約する、自炊する、できるだけカネの掛からない趣味に切り替える、買うのではなくレンタルする・シェアサービスを使う、などといった工夫で、できるだけ生活コストを下げる方向を目指します。
「生活に必要な最低限のお金」を計算し、そこから逆算してなるべく働く時間を少なく済むようにする、というスタイルを目指そうと思っています。
「お金」や「安定」よりも「精神的な余裕」「無理をしない」という事を重視したいからです。

②については、クラウドソーシングやブログからの広告収入などで、ある程度収入源を分散していくつもりです。
他に知り合いから不定期にWebデザインや広告デザインの仕事が入ったりするので、その方面の仕事も積極的に請け負っていくつもりです。

③実家の近くに使ってない土地があるので、家庭菜園を始めるつもりです。最終的には畑も初めて、野菜を半自給状態にできれば理想的。
農業はかなり精神疾患に良いらしいので、仲間を募って一緒に作物を育てるコミュニティを作っても面白いかもしれない。

数年前に国家資格を取得したので、介護の業界には戻ろうと思えば戻ることはできますが、やはり無理がきかない身体ですので、今のうちに複数の収入源を作っておこうと思います。

もちろんこれは現時点の考えですので、また状況が変わったらちょくちょく変更していくと思います。

障害を抱えていてハンデがある以上、普通に働くことが難しいなら、自分で工夫しながら働き方を模索していくしかありません。
しかし、いかんせん出来の悪い頭で一人で色々考えていても限界があります。

このブログを見ている人で、「こんな働き方もあるよ」「こんな方法もあるよ」といういい知恵を持っている方がいましたら、どんどん教えてください(^^)

また、お仕事も随時募集してますので、ご依頼などあればいつでもメールフォームからご連絡を頂ければと思います。

唯一の目標は「自分を受け入れ、心の平安を持って生きること」

私の人生における最終的な目標はただ一つ、
「嗜癖(アディクション)や生きづらさから脱し、無理をせず、自分を受け入れ、心の平安を持って生きること」です。

私は子供の頃から、「無理ばかりして」生きてきたような気がします。

常に周りに合わせて、人の評価を気にし、自分の本音や感情を欺き続けて、過剰に適応しようとした結果、社交不安障害になり、うつ病になり、ベンゾジアゼピン依存症に陥ったのです。

ですから、これからは自分の心と身体に正直に生きようと思います。

どうしたら一番自分にとって無理のない生き方ができるのか?
ありのままの自分自身を受け入れて生きていくことができるのか?

まあ、何事も実際やってみなければ分かりませんから、これからもトライ&エラーを繰り返していくしかないのでしょうが、ぼちぼちやっていきたいと思います。

今回をもって、この長い回想録は終わりますが、お付き合いくださってありがとうございました(^^)
よろしかったら、また他の記事も読んでやってくださいませ。

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