「伝えること」をしなければ、それはなかったのと同じ事である

この1~2年、回復の中で意識しているテーマがあります。それは「伝える」ということです。

もともと私は、言いにくいことを相手と正面切って話し合うということが苦手でした。相手との関係性が悪くなるのが恐ろしかったですし、嫌われたらどうしようとか、そういった不安が強くて言いたいことが言えなかったんですね。
不満なことがあっても押し殺してるものですから、怒りは段々と恨みに変わっていきました。相手の思惑をグルグル妄想したりもして、それがまた苦しいんですよね。

自分の最大の欠点のひとつだと自覚しながら、なかなかこの欠点は直すことができずに、いつしか月日ばかりが経っていきました…。

「伝える」ことの大切さに気付いたのは、依存症の回復支援施設に勤めていた頃のことです。

施設のアディクトの人たちを見ていて思ったんですけど、やっぱりコミュニケーションに問題を抱えた人たちが多いので、ちょっとしたことから誤解やすれ違いが生まれたりして、関係性がギクシャクしやすいんですよね。

そういうときに、アディクトはお互い何が不満なのかちゃんと話し合うことが難しい傾向にあります。
「こんなことを言ったら嫌われるんじゃないか?」「自分さえ我慢すればいい」と、相手に伝えることができず、どんどん不満を溜めていって最後に爆発してしまう…。あるいは、暴力などで表現しようとする人や、問題そのものから逃げる人もいますし、スリップしてしまう人もいます。

だからこそ、あえてこの施設では「話し合う」「自分の思っていることをきちんと相手に伝える」ということが推奨されていました。
気に入らないこと、不満に思っていること、溜め込んでいることがあったら、きちんと話し合う場を設けて、自分の言葉で伝える。
話し合うことをせず、「言わなくても分かるだろ」「空気を読んで察しろよ」というのは通用しません。
一回で伝わらなかったら、何回でも話し合う。
そうして仲直りしていく。

ちょっとした口論すらできない自分にとっては、クライアントさんが日常的に「喧嘩」→「話し合う」→「仲直りする」というシンプルなプログラムを一生懸命やっているのを見てカルチャーショックを受けたものです。
これこそ自分に足りなかったものだと。

誰かと仲良くなったら必ず摩擦や衝突は生じるものですし、そういうときは正面から向き合って、ちゃんと伝えるべき事は伝える、相手の話を聞くべき事は聞く、ということをしなきゃ永久に人間関係についてのストレスを抱えていかなきゃいけない、と気付いたんです。
つまり、相手とコミュニケーションをとらないといけないと。

ある仲間が、
「ちゃんと口に出して伝えないと、それはないことになってしまう」
と言ってましたが、本当にその通りだと思います。

私は昔から人からよく「もっとコミュニケーションとらないとダメだよ」と言われてたんですが、その当時は意味が分かりませんでした。
それもそのはずで、今まで私は「コミュニケーション力」というものを勘違いしていて、「明るくて、盛り上げ上手で、協調性があって、誰とでも仲良くなれる能力」ぐらいに思ってたんです。
自分にはそんな才能はこれっぽっちもないと思ってましたし、「なんでこの人は根暗キャラの自分にそういう事を強制してくるんだろう?」と思ってました。

けど、それは「社交性」というもので、「コミュニケーション力」とはまた別のものなんですよね。

コミュニケーション力が「自分の思っていることを相手に正確に伝える能力、相手の言いたいことを理解する能力。話し合える能力」とするなら、私は間違いなく低かったですし、それはこの社会を生きていく上で、人間関係を構築していく上で必須の能力だともいえます。

依存症から回復していくには、人との繋がり(コネクション)が欠かせません。
そして、人との充実した繋がりを築いていくには、コミュニケーション力が欠かせないのです。

そのことに気付いてから2年経ちますが、日常の中でできるだけ「伝える」「話し合う」ことを意識して生活していった結果、以前より少しずつ上手になってきました。
コミュニケーション力というのは、筋肉などと同じで鍛えられるものです。
そのために、「人間関係の問題は、話し合えばなんとかなる」という成功体験を積むことはとても重要だと思います。

単純でシンプルなことですが、これからもうまくコミュニケートできるように鍛えていきたいと思っています。

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