自閉症スペクトラム(グレーゾーン)と診断されて思ったこと

こんにちは、管理人のGakki(@faranks02)です。

一ヶ月前ほどに、自閉性スペクトル指数(Autism-Spectrum Question; AQ)と、ASRS(成人期のADHDの 自己記入式症状チェックリスト)という簡易的な発達障害の検査を受けてきました。

AQは50項目の自己式質問紙で、自閉症スペクトラムを把握できる性格傾向尺度です。また、高機能の広汎性発達障害のスクリーニング尺度としても使えます。

ASRSは、注意欠陥・多動性障害(以下ADHD)の症状を呈しているか、確認するために患者に記入してもらうアンケート形式になっている問診票です。

結果としては、私にはADHDの問題はありませんでしたが、グレーゾーン(軽度)の自閉症スペクトラムだとのことでした。

なぜ発達障害の検査を受けたか?

なぜ今回、発達障害の検査を受けたのかというと、昔から「自分は発達障害ではないか?」というかすかな疑念がずっとあったからに他なりません。

その理由としては、

1.社交性が低い(孤独を好む)
2.こだわりが強い
3.全体をみれない・マルチタスクができない

という特性によって子供の頃から苦労してきたからです。

1.社交性が低い(孤独を好む)

小さい頃から「寂しさ」という感情を人より感じにくく、一人遊びが好きな子供でした。
人と一緒に居るより、独りでいるほうが落ち着くのです。
気の利いたことを言ったり、自然体で振る舞ったり、その場のノリに合わせたりということがとても苦手で、友達はかなり少ない方でした。思春期の頃には自分の社交性のなさを「なんて俺はダメな奴なんだ」と自分を責めまくった結果、社会不安障害になったこともあります。

2.こだわりが強い

こだわりが強く、自分がハマったものに対してはとんこだわっていました。逆に、自分がどうでもいいと思ったものは本当にどうでもいい。
興味の落差が激しかったです。
そのせいかどうなのか、「雑談」というのがとてつもなく苦手でした。「みんな、なんでこんなどうでもいい話ができるんだろう?」と心の底から不思議でした。
あと、自分のこだわっている物事が自分の思い通りにならないと、完璧を求めてしまう性向も合わさってすごくストレスを感じるところがありました。
今思えば、これが「生きづらさ」に繋がっていたんだと思います。

3.全体をみれない・マルチタスクができない

福祉系の仕事をしているとき、全体の動きをみることができずに自分の仕事だけに集中しすぎて、よく先輩から注意されていました。
「視野が狭いよ。もっと全体をみて」と言われるのですが、複数のことに同時に注意を向けるのは、自分にとってものすごい負荷がかかることでした。
逆に、ひとつのことをコツコツとやって極めていくのは得意だったので、デザインやIT系の仕事をしていた時にはこれがプラスに働きました。

ざっとこんなところです。
しかし、ややこしいのが、これらの特性のせいで「仕事や生活自体ができない」というレベルではなく、「頑張ればなんとか健常者に合わせられる障害レベル」だということです。

発達障害のグレーゾーンとは?

今、大人の発達障害は増えているそうですが、そのなかには「グレーゾーン」と呼ばれる人たちもかなりいます。

発達障害グレーゾーンの概念を示した図

これは、発達障害の症状がいくつか認められるものの、診断基準を全て満たすわけではないため、発達障害との確定診断をつけることができない状態です。

グレーゾーンにいる人は診断がないために、症状や特性から困りごとが起こったとき、周りの人から「努力不足」などと誤解されてしまうことがあります。

自分を責めてしまうことが続くと、ストレスなどから徐々に調子を崩して症状が悪化していき、やがて「診断域」の側に完全に移ってしまった結果、発達障害だけに限らず、うつ病や適応障害なども発症してしまうことがあります。

私の場合は、親や周囲から「なんでこんな簡単なこともできないんだ」と叱責されることが多く、それが低い自尊心につながり、社会不安障害→鬱病→処方薬依存症になった経緯があります。

私の場合、検査で27点以上が自閉症スペクトラムと当てはまるところ、28点でした。ギリギリ自閉症スペクトラムだということになります。
しかも、その結果にもばらつきがあって、「社会スキル(社交性)」と「注意切り替え」が特に苦手で、「コミュニケーション能力」と「想像力」に問題はない、という結果がでました。
本やネットには「発達障害の特徴」みたいな情報がたくさんありますが、その一つか二つに当てはまっている人というのは意外に多いです。
「全部に当てはまっているわけじゃないから、自分は違う」と、生きづらさを抱えながらも医療機関を受診できない人もいます。

事実、私も周りの人や援助者に「発達障害の検査を受けようと思うんだけどどうかな?」と相談すると、「あなたは発達障害じゃないと思うから受けなくていいと思うよ」と言われたりもしました。
そういった事情もあって、検査を受けるのが数年遅れた、ということもあります。

発達障害のグレーゾーンについて詳しい書籍は、吉濱ツトム氏の著作が内容が充実していましたので、オススメです。

大事なのは「本人にとってどれぐらいの負担なのか?」ということ

小さな頃から「どうも自分は人と違う」という漠然とした疎外感を抱いて生きてきました。

その感覚は大人になってからもあって、「自分は人より劣っている、だから『普通』になるために頑張らねば!」という強迫観念にいつも苛まれていたように思います。

そのせいで、得意なことを伸ばすよりも、苦手なことばかりに挑戦して、結果自尊心を下げる、という負のループにハマってしまったこともあります。

今、自分は多くの失敗を積み重ね、努力して「表面上」は健常者っぽく振る舞うことができています。
人から見れば「発達障害を克服してるんだから、問題ないんじゃない?」と言われそうです。

しかし、本人の中の「健常者のふりをする負担感」というものは子供の頃から変わってないので、生きづらさ自体はあまり変わっていないのです。
人と会うときは、かなり気合いを入れている自分がいます。

最近、「普通」ってなんなんだろう?、と思います。

近年、国が小中学校の教職員対象に行ったアンケート調査(文部科学省 2012年)では「発達が気になる児童」の割合は約6.5%という結果であり、これは通常学級に1-2名は常時気になる子がいるという実情を示しています。
 
また疫学研究でも発達障害の有病率は上昇しているという報告がなされており、例えば自閉スペクトラム症については最近では約2%~4%と言われ、20年ほど前の10倍以上の有病率になります。

発達障害と診断される人々は増加傾向にあるわけですが、これは社会が個人に求める「普通」のハードルが上がっているせいもあるのでは?、と思っていまいます。

少しぐらい凸凹があっても、許容されるような社会になってほしいものです。

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