アルコール依存症から回復しても11年間うつ状態だったビル・Wの話

最近、体調の波がひどくてほとほと参っていました。

鬱で全然動けない日があったと思ったら、かなり元気な日もあったりして、それが数日おきに不定期にやってくるので全く心がついていかないです( ̄_ ̄ i)。

セルフモニタリングの一環として、毎日の体調をグラフにつけてるんですが、引っ越しが終わった2月末からの振れ幅がとくにひどいです。

断薬、断酒して5年近くが経つのに、いまだにここまで体調の乱高下があると「どうなってるんだ?!」と思い通りにならない自分の体を呪いたくなります。

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苦労して睡眠薬・抗不安薬やアルコール、タバコをやめたのだから、右肩上がりで回復していって欲しいという期待があるのですが、現実はなかなかそうはなりません。

そんな感じで最近はふてくされてたんですが、アルコール依存症の自助グループである、AAの創始者ビル・ウィルソンも断酒してから11年間も激しいうつ病に悩まされていたというのを本で知って、少し気が楽になりました。

今日はその逸話をシェアしたいと思います。

「魂の家族を求めて」を読んで

私がたいへん気に入ってる本で、精神科医の斉藤学氏による「魂の家族を求めて~私のセルフヘルプグループ論~」という本があるのですが、個人的には今まで読んできた嗜癖(アディクション)関係の書籍の中でベスト5に入るほど好きな本です( ̄∇ ̄)。

とにかく嗜癖全般に対する考察が深くて、アルコール依存症は言うに及ばず、摂食障害、アダルトチルドレン、ワーカーホリック(仕事中毒)、自傷行為、ジェンダーの問題などなど……現代社会の歪みについて鋭く切り込んでいます。

私はしんどくなってきて自分を見失いそうになった時に、よくこの本を読み返すのですが、昨夜はAAの創始者、ビル・ウィルソンの逸話が心の琴線に触れて、食い入るように読んでいました。

AAの共同創始者、ビル・ウィルソンとは?

ビル・ウィルソンは、今から80年ほど前にアルコール依存症の自助グループであるAA(アルコホーリクス・アノニマス)を立ち上げ、12ステッププログラムを発明した人物です。
多くのアルコール依存症者を救ったその功績を称えられて「タイム誌が選ぶ20世紀の100人」のひとりに選ばれたこともあります。

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2017.12.13

そのような人物ですから、「よほど人格的にもよくできた人物なんだろうなあ。12ステップを作ったぐらいなんだから着実に回復していったに違いない」と思っていましたが、彼の人生を知れば知るほど、波乱に満ちたものだったようです。

1935年に、ビル・ウィルソンは外科医のボブ・スミスと共にAAを立ち上げました。

それまでアルコール依存症には有効な治療法が全くないと思われていましたから、高い効果をあげていたAAは次第にマスコミや医学界から注目されるようになり、数年のうちに全米に広まることになります。

ビルはAAの活動に積極的に関わり、多くのアルコホーリクの回復を手助けしました。
しかし、AAの活動に飛び回っているにも関わらず、ビル自身は極貧の中にあり、仲間の裏切りにあったり、いわれのない非難を浴びたり、グループが空中分解の危機に瀕したり、苦労も絶ええなかったそうです。

抑うつの苦しみ

1943年に妻ロイスとの全米巡回の旅から帰ってきた後、ビルは朝起きるのにも全力を振り絞らなければならないようなきびしい抑うつ状態に陥りました。

この抑うつは1955年まで11年続きましたが、とくに初めの数年が激烈で、しばしば自殺への誘惑に駆られたといいます。

当時のAAオフィスの秘書はフラフラと事務所にやってきては頭をかかえて指示も出せないでいるビルの姿を覚えています。ほとんど毎日自宅のベッドで過ごしていましたから、「ビルは飲んだ」という耐えがたい噂も広がりました。

ビルはこの持病を理解しようとしてしきりに文献をあさり、種々の薬物療法を受け、精神療法も受けました。ビルはこの治療から人のこころに関するさまざまなことを学びましたが、結果は芳しいものではありませんでした。

ついには絶望の中から「いったい、この苦しみは何なんだ?どうすればこの苦しみからメリットを引き出せるんだ?」と考えるようになりました。

解答は、かねてからビルがこころを寄せていたイタリアの放浪の神学者、聖フランシスの言葉の中にありました。

「喜びが神の摂理であるなら、悩みもまた神の恵みである」
と聖フランシスは教えていました。この心境をつかむようになってから、抑うつは薄紙をはがすように軽くなってきたといいます。

ようやく抑うつと「和解」できるようになってきたのです。

そして1955年、セントルイスでのAA20周年のコンベンションが終わってみると、抑うつはいつのまにやら去っていました。

AAの12の伝統はこうしたビルの抑うつの中から生まれ、これをAAメンバーの間に広める全米行脚の仕事も、この暗い日々の中で行われたといいます。

困難に対する態度を選ぶ

嗜癖(アディクション)を断っても、人生の困難は続いていく。
そんなのは当たり前のことだと、ビルの生き方が物語っています。

回復に入ったからには、あっという間に、何もかもが素晴らしいことに感じられ、どんな人生の浮き沈みにも楽に対応できるはずだ、と考えるのはおかしな話です。

でも、我々依存症者にしてみれば、せっかく苦労して嗜癖(アディクション)を断ったのだから「もっと見返りがあっていいはずだ」と錯覚してしまいがちなんですよね( ̄∇ ̄;)。

重要なのは、困難が降りかかったときに、どういう態度で向き合うか、ということなのだと思います。

ビルは厳しい鬱状態にありながらも、自己憐憫に陥ってスリップすることなく、人々のために働き続けました。

そして、抑うつを「神の恵み」だと受け入れたときから症状が良くなっていきました。

依存症から回復しても、精神的、肉体的、社会的に大きなダメージを負っている人がほとんどですから、その後の道のりは決して楽なものではありません。

しかし、先ゆく仲間のこのような話を知ると勇気がもらえるような気がするのです。

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